今週の言葉
「人は、泣くためにこの世に生まれてきた。」
沢庵和尚の言葉だそうだ。火曜日、とある広告賞の贈賞式で審査員長の井上ひさしさんが紹介してくれた。
泣くために生まれてきたんだから、無理をすることはない、大いに泣くべきなんである。
泣くだけ泣いて、すっきりして死んでいく。そんなセミやカエルみたいな生きかたが、もしかしたら人間の基本なのかもしれない。
あなたは悲しみに暮れているべきではない。そんなヒマがあったらさっさと泣きなさいヨ。
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「人は、泣くためにこの世に生まれてきた。」
沢庵和尚の言葉だそうだ。火曜日、とある広告賞の贈賞式で審査員長の井上ひさしさんが紹介してくれた。
泣くために生まれてきたんだから、無理をすることはない、大いに泣くべきなんである。
泣くだけ泣いて、すっきりして死んでいく。そんなセミやカエルみたいな生きかたが、もしかしたら人間の基本なのかもしれない。
あなたは悲しみに暮れているべきではない。そんなヒマがあったらさっさと泣きなさいヨ。
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いま夜の1時。まだ会社にいる。
土日に二日酔いでさぼっていたので、いまごろ宿題をやっているのだ。
ウイスキーをちびちびやりながらやっていたら眠くなってしまった。
ナカヤマさんや、ハヤシくんや、イチクラさんからはげましのメールが届く。
みんな遅くまでがんばっているんだな。
会社の中にはまだ人がいる。
カトウくんが「そゆことかー」とかひとり言をいいながらやっているのがおもしろい。
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というわけで、二日酔いのもうろうとした状態で、本日、NTT東日本の担当者をわが家におむかえし、光回線の開通工事をしてもらったのである。工事といっても、ルーターを取り換えて線を結び、開通テストをしただけだ。わが家の工事人とは別にマンションの集中配線室にもう一人いるらしく、ときどき両者が携帯で連絡をとりあいながらやっていた。15分ほどで工事は終わり、工事人は帰って行った。
このあと、LANを無線化しなければならない。
別途購入済みの無線LAN基地マシンをルーターからつなぎ、パソコンの設定をしなければならぬ。「簡単設定♪」といい気に銘打ったCDが、途中で、「お、意外と簡単ではないかもしれない」と弱音をもらし始め、最後はフリーズしてしまった。おいっ! ・・・私の二日酔いの頭も簡単にフリーズするので困った。
それでもまあなんとか、お助けセンターに電話して助けてもらったりしながら、なんとかパソコン2台、無線設定が完了した。
つながってみると、無線化されたパソコンは、今までのひも付きのパソコンとはまったく違う、速さと自由の翼を手に入れたスーパーマシンへと変わったのである。これはルネッサーンスだ。
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きのうプレゼン二つを無事終了し、年末から私を苦しめてきた仕事の重圧から解放されて、朝まで楽しく飲んだ。最後のカラオケ屋を入れて5軒。今日一日、二日酔いです。元歌手だったという六本木のママ香山しのぶさんの歌はすごかった。
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私のまわりでも、インフルエンザにかかった人が増えている。
予防注射を受けたのにかかった人もいる。
一家三人、ノロウイルスにやられた人もいる。
ノロウイルスは怖い。上から下から、目に見えぬスピードで、だったという話を聞いた。その人は、生ガキを食ってやられたのだ。三日間入院したという。水を飲むとウイルスが増殖するから、水を飲んではいけないといわれたそうだ。やっと退院してからも、しばらくはお粥しか食べられなかったという。
ウイルスには人間は勝てない。逃げるしかない。
しばらくはカキは鍋で煮て食うか、カキフライにするかにしよう。
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いま羽田に着いた。上海は近い。近すぎる。機内で映画「おくりびと」を見ていたら、山崎努が白子を焼いているところで着陸態勢に入りブチっと切られてしまった。これから面白くなりそうだったのに…
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上海はいま、年の瀬である。来週、旧正月を迎えるのだ。街の中はみんなウキウキ気分だ。デパートの前に楽隊が出て陽気な音楽を演奏している。おじいさんやおばあさんが手をつないで踊っている。いまが稼ぎどきなので乞食の子供たちもハッスルしている。
いま空港にいるのだが、国内線で各地へ帰省する人たちでいっぱいだ。一緒に仕事したクリエーティブの若者たちも多くは週末はふるさとへ帰る。私はこれから上海に別れを告げて東京へ帰るのだ。
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夜になると上海はぐっと冷えてきた。大陸だから日較差が大きいのである。オフィスの中も冷える。コートを着て、打ち合わせするのだ。日曜日の深夜だというのにあたりまえのように働いている。私は先に帰ったがみんなこれからコンテを発注するのだ。夜食のカップめんがうまそうだった。ホテルまで歩いて帰った。途中コンビニに立ち寄ってビールを買った。これから風呂に入って、中国のテレビを見ながら飲むのだ。そして爆睡するのだ。
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今日から出張で上海に来ている。思ったよりも寒くない。街が白いガスっぽい空気で覆われている。飛行機の中で映画「イキガミ」を見た。なかなか、じんと来ました。最後の最後が見れなくて残念。もう一回り旋回してもらいたかった。これから上海のクリエーティブの人たちと打ち合わせです。
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映画「パッチギ!」の中で、沢尻エリカのキョンジャが兄貴のアンソンを「オッパ」と呼ぶが、日本語の「お兄ちゃん」よりも愛情が感じられて、いい。
「オッパ、日本の人?」と、私はかつて呼ばれたことがある。
FIFAワールドカップのドイツ大会が行われていたころ、私は、仲間と新宿の歌舞伎町で飲んでいた。12時を過ぎて、お開きとなり、みんなと別れてから、ふと「そういえば、今夜はグループリーグの韓国VSスイス戦があるんじゃん!」と、思い出した。
試合は日本時間4:00からである。
勝ったほうが決勝トーナメントに進めるという重要な試合だ→→新大久保にはコリアンタウンがある→→きっともりあがるに違いない!
そう考えた私は、ふらふらと新大久保に向かって歩いていった。もちろん一人である。
職安通りは、すでに異常に盛り上がっていた。赤いサポーター服を着た若者たちが大勢歩いている。中には頭に発光式のツノをつけている女の子たちもいる(かわいい)。あちこちで、「テーハンミングック!」の合唱が聞こえてくる。通り過ぎるクルマが、同じリズムでクラクションを鳴らす。
夜が更けるにつれ、人の数は増し、人は道路にあふれ、街頭にテレビが置かれ、その前に座り込む人々があり、みんな興奮しており、何かとんでもないことがはじまりそうな、ワクワクする感じになってきた。
私は観戦できる場所を探し、テレビ中継をやっている一軒のストリートバーに入った。
カウンターの一角に席を見つけ、ビールを頼んだ。そのとき、カウンターの中の女の人に、「オッパ!」と呼びかけられたのである。
「韓国の応援に来たの?」
うなずくと、彼女はニコッと笑って握手してきた。
後日、韓国人の友人に聞くと、「オッパ」という呼び名はよほど親しみを感じた場合に使うのだという。ちょっとうれしかったね。
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三連休の初日は、前日の電話会議での消耗が響いて、一日中家のなかでゴロゴロしていた。
家の人はみんなお出かけで、一人きりだったので、のんびりと本を読んだり、テレビを見たり、DVDを見たりしながら過ごした。
井筒監督の「パッチギ!」を見た。今頃?ってあきれられそうだが、この映画じつは初めて見たんだ。
泣いたぜ(涙)。家族が留守でよかった。私は、こういう「馬鹿な男の子モノ」に弱いのだ。全編を通じて流れる「イムジン河」のメロディがせつなかった。
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昨日の夜は、真夜中まで、上海と電話会議。
3本足のヒトデみたいな機械(電話機)を会議室のテーブルにでんと置いて、それを囲んで、大声でしゃべる。先方の会議室にも同じ機械が置いてあって、やはり大声でしゃべる。
そうすると、離れた場所にある二つの会議室に集まった人たちが、まるで一つの会議室にいるかのように話し合うことができる。ということになっている。
しかし、これがそううまくはいかないんだ。
なぜ大声でしゃべるのか。この機械は、トランシーバーのようなもので、こちらの声を向こうに送るか、向こうの声をこちらに送るか、どちらか。どっちの声を送るかは、機械が判断するのだが、声の大きい方が送信者として選ばれる。
議論が白熱してくると、どちらもしゃべりたいために、どんどん声が大きくなってくる。そうすると、だんだん
ケンカみたいになってくるのだ。
しかもあちらの会議室には通訳がおり、それを介してしゃべるために余計にヤッカイなことになる。
私大声でしゃべる(日本)→→通訳大声で聞き返す(上海)→→私大声で応える(日本)→→通訳中国語に翻訳する(上海)→中国人クリエーターしゃべる(上海)→通訳日本語に翻訳して大声でしゃべる(上海)→→私聞く(日本)
これでワンサイクル。これを延々と繰り返す。
声だけしか聞こえず、相手の表情が見えないため、お互いになかなか思いが伝わらない。飛行機で飛んでいって直接話したほうが早い、と思うこともあるヨ。
夕方から始めて、終わったのが夜中の1時半だった。
声が枯れていた。
戦い終わったボクサーのように疲労感につつまれる。
そのあと銀座のバーに飲みに行ったことはいうまでもない。
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天安門事件があったとき、私は30代の始めで、CMプランナーとして一本立ちした直後で、何をやってもおもしろかったというか、なんにも怖くなかったというか、世の中に対してはいわばケンカ腰で、目新しい企画を考えることに夢中になっていた。そのときは洗濯洗剤のCMを作っていた。朝のニュースで、天安門の若者たちについに武力が行使されたことを知り、ショックを受けたことを覚えている。
楊逸(ヤン・イー)氏の「時が滲(にじ)む朝」は、まさにそのとき、天安門にいた若者たちを主人公とした小説である。そのときの若者たちの気持ち。その後どんなふうに人生を歩んでいったのか。それをたどりながら、そしてちょっと自分の人生とも見比べてみながら、読んでいった。
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今朝は、今年最初の会議があった。
例年ですと、正月休みに何をして過ごしたか、とか、今年の抱負はこうです、とか、のんびりした会話が出てくるものなのだが、今年は、ニッポンの経済情勢の厳しさを受けて、会議の空気もまたひきしまったものにならざるを得ないのであった。
ところで、現在の人類は、氷河期にどう過ごしたかによって、人種によるさまざまな相違が生まれてきたらしい。酷寒のシベリアで過ごした人々は、凍傷にかからぬように鼻が低くなり、眼の周りに脂肪が集まって一重まぶたになり、放熱を最小限にするために手足が短くなった。私たちの祖先です。
厳しい時代をどう過ごすかで、次の時代の生き方が決まるのである。
私たちも、この厳しい時代に遭遇したことをチャンスととらえて、前向きに生きて行こうではないか。
上のイラストは、私の前に座っていたカドタくんです。
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昨日は仕事始めであった。
会社の私のデスクの上には、一つだけ、植物がある。
無精な私は、きちんと植物に水をやったりすることが、苦手だ。一週間に一度、ひどいときには一ヶ月に一度、思い出したときに飲み残しのペットボトルの水をやるだけだ。だけど、こいつはそんなひどい扱いを受けても、気丈に耐えて生き延びている。特に窓際にある私のデスクの環境は過酷だ。炎熱、猛暑、乾燥。この環境に耐えて、もうすぐ一年になる。
で、仕事始めの日に久しぶりに再会したのであるが、やはり、元気であった。何枚かの葉っぱが枯れていたが、それ以外の、大半の葉は、緑でみずみずしい。生きているんだ。
人間の手というのはフシギなセンサーである。触っただけで、それが生きているかどうか、わかる。
生きているものは、みずみずしいんだ。
どんな老人のしわくちゃの手だって、触ってみると、みずみずしいよ。生きているんだ。
生きるというのは、体の中に水を維持し続けることである。
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年末、わが家のパソコンが壊れた。
なんとか、多くのデータは救出することに成功したが、パソコン本体自身は絶滅してしまった。リカバリーCDから起動しようとしても、何度試みても、途中でクラッシュしてしまうのだ。完全にアウトである。
あきらめた。
しかし、パソコンがないと、年賀状も作れないのである。ブログを書くこともできないのである。
せっかく、今年は「カワーニョの毎日」のタイトルに恥じないように、煩雑、じゃなかった頻繁に更新しようと決意したのに、新年早々、くじけてしまった。
というわけなので、カワーニョ読者のみなさん、きょうまで更新お待たせしてごめんなさい。年賀状も遅れてごめんなさい。
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