「時が滲(にじ)む朝」
天安門事件があったとき、私は30代の始めで、CMプランナーとして一本立ちした直後で、何をやってもおもしろかったというか、なんにも怖くなかったというか、世の中に対してはいわばケンカ腰で、目新しい企画を考えることに夢中になっていた。そのときは洗濯洗剤のCMを作っていた。朝のニュースで、天安門の若者たちについに武力が行使されたことを知り、ショックを受けたことを覚えている。
楊逸(ヤン・イー)氏の「時が滲(にじ)む朝」は、まさにそのとき、天安門にいた若者たちを主人公とした小説である。そのときの若者たちの気持ち。その後どんなふうに人生を歩んでいったのか。それをたどりながら、そしてちょっと自分の人生とも見比べてみながら、読んでいった。


コメント
会社をやめて中国に留学中だった私の同期のAちゃんは、
天安門事件の真っ最中に、中国人の旦那さんを連れて
日本に帰って来ました。
後年、Aちゃんのお母さんの書いた
家族小説によれば、(70代で処女作を出版したツワモノ)
中国であげた結婚式に、当時要人だったAちゃんの父親は
入国することが許されず、娘の結婚式にも
立ち会えなかったそうです。
そんな時、旅行代理店に、どうなっても責任を負いませんよ
と言われながら1人で中国に乗り込んで行った母親は、
結婚式のスピーチで「日本と中国の友好」を訴えていた
とのこと。女は強いなぁ。と天安門と聞くと、
Aちゃんとその母親のことを思い出します。
投稿: びゅうさん | 2009年1月 9日 (金) 10:16
あの時代の情況を考えると、Aちゃんのお母さんは、強い。
驚きです。
投稿: カワーニョ | 2009年1月 9日 (金) 12:01